b0145160_18001158.jpg


質問。

次の二つの短歌で好きな方はどちらですか?

【1】 大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってかわいい大きさ

【2】 大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってとても小さい


この質問、本書によれば【1】の方が短歌として優れていると言っています。(ちなみに質問なので確実に正しい答えはありません)

上の二つはほとんど一緒ですけど、わずかに違うところは末尾の「かわいい大きさ」と「とても小さい」の表現の違いです。

この二つの表現は似ていますが、明確に違うのは言葉を受け取ったときの温かさや気持ちの部分です。

なるべく正しく大きさを表現するのであれば後者の「とても小さい」の方が優れています。
でも正しさを追及すればするほど、そぎ落とされいくものが確かにあります。
大仏を見に行った日の楽しかったことや、写真をとったときの嬉しくてキラキラした感じとか。

そういう大切な気持ちを短い言葉で表現するなら「とても小さい」より「かわいい大きさ」とした方が確実にいい、という事が何となくわかると思います。


短歌は言葉が既に持つ意味を踏まえた上で正確に伝えることを目指す、ということに軸足があるのではないようです。
それよりも言葉の可能性を探したり拡張したり、壊したり、おもしろみを見つけたりすることにあるようです。

著者は次の三つの短歌を示した上でこんなことを言ってます。

【1】 目薬は赤い目薬が効くと言い椅子より立ちて目薬をさす

【2】 目薬は赤いビタミン入りが効くと言い椅子より立ちて目薬をさす

【1】 目薬はVロートクールが効くと言い椅子より立ちて目薬をさす




ぼくらはあんなにお互いを見張って、社会的に正しい情報を使おうぜと言い合っているのに、なぜ右の例(遠藤注:ここでは上の例)にいくほど懐かしかったり、思い出されたりするのか。この両義性はいったいなんなんだ





短歌を詠んだり鑑賞することは音楽を聴いたり演奏するのと似てます。
なくても死なないけど、ないとすごく寂しくなるという点で。



[PR]
by mamesyakuhachi | 2017-08-28 00:01 | 穂村弘 | Comments(0)

b0145160_06575998.jpg
先日、中野区立江古田図書館のビブリオバトルに参加してきました。(ビブリオバトルって何?という方はこちら

2月に文京区立本郷図書館で参加してから、久しぶりの参加です。

今回のテーマは「刺激」。

持参した本はこちら

b0145160_06574236.jpg
「佐佐木幸綱作品集」(本阿弥書店)

この本は佐佐木幸綱の短歌作品集です。
何が刺激的だったかというと「短歌の読み方を変えるきっかけになって刺激的だった」という部分です。

普段、本を読むときは基本的に最初から読んで、理解しながらすすんでいくことが多いです。
でも、全ての本を頭から読む必要もなければ、全てを理解して読む必要もないよなぁ。とふと思いました。

たとえば展覧会で絵を見る時、別に全ての作品をじっくり見なくても楽しめるし、好きな作品は勝手に目に飛び込んでくるし。

という気持ちでこの歌集を適当にパラパラみていくと、確かに引っかかる作品はでできます。

たとえば

友一人二人五人と増やし来て千の賀状の束燃す日ぐれ

噛めばかすかな海ほおずきの頬そめてお前が笑う今日は祭

こんな作品たちです。

こんなことをビブリオバトルでプレゼンしようと思い、

b0145160_06575205.jpg
いざ本番へ

結果は……



1位になれませんでした。
本番はなんかしどろもどろになってしまって、うまくプレゼンできませんでした。

まー、しゃーないです。

ちなみに他の紹介本は

【一戦目】
「空中ブランコ」奥田英朗 → 1位
「ひぐらしのなく頃に」竜騎士07
「僕と妻の1778話」眉村卓
「松岡修造の人生を強く生きる83の言葉」松岡修造

【二戦目】
「ミッキーマウスの憂鬱」松岡圭祐
「佐佐木幸綱作品集」佐佐木幸綱
「アーミッシュの赦し」ドナルド・B・クレイビル他 → 1位

という感じでした。

負けても今回は平気です。
佐佐木幸綱も次のように詠んでいますから

おお朝の光の束が貫ける水、どのように生きても恥


[PR]
by mamesyakuhachi | 2017-06-12 00:01 | 佐佐木幸綱 | Comments(0)

コンサートのご案内を一件。

『koto concert 3rd』
【日時】2015年7月26日(日)開場15:00/開演15:30
【出演】神崎歌子、田辺雅美和、中島裕康(以上、箏、三味線)遠藤頌豆(尺八)
【料金】5000円(イタリアンブッフェ代込み)
【場所】青いナポリ(文京区小石川3-32-1 HP)

文京区小石川のイタリアンレストランでのコンサート。「旅」をテーマに古典曲から現代曲まで演奏します。音楽を楽しんだ後は、美味しいイタリア料理をご用意しています
ご来場お待ちしています。

---------------
今週の本の前に、オススメの書評ブログを紹介します。

未翻訳ブックレビュー(β)

洋書のレビューサイトです。
「未翻訳」なのでブログ主は原書で読んでるって訳です。
うーむ、すごい。

・・・って、実はこのブログ。

僕の中学時代からの友達U君が6月に始めたブログなんです。

というと友達自慢みたいですけど。

中学時代から成績優秀だったU君。
自宅の本棚には夏目漱石や中島敦が並んでました。
「オススメの本、教えて」と彼に聞くと、控えめに「浅田彰の『構造と力』かなぁ」との返答。


『構造と力 記号論を超えて』浅田彰/著(勁草書房)
b0145160_0435278.jpg


うぬぬぬぬ。
なんとも難しそうな佇まい。
き、記号論?
聞いといて結局読まなかった。
あああ、タイトルに負けた。


本当に読んだのかい?
U君よ。


-----------

今週の本です。

『夜露死苦現代詩』都築響一/著(ちくま文庫)

b0145160_044767.jpg


写真家、雑誌編集者、ライターなど多彩な顔をもつ都築響一による現代詩への一考察をまとめた本書。

「詩は死んだのか?」が主要なテーマになっています。

冒頭で著者はこう言い切ります。
『行き詰まった現代音楽や、行き詰まった現代美術とまったく同じように、現代詩の業界もどんづまりまで行き詰まって久しい。』(8ページ)

末期的状況の現代詩の世界。
ならば「詩」は滅んでしまったのか?

著者は答えはノーです。

『詩は死んでなんかいない。(中略)詩人とは一生呼ばれない人たちが、現代詩だなんてまわりも本人も思ってもいないまま、こっちに言葉の直球勝負を挑んでくる。』(10ページ)

現代において「詩」が生きている場所は、専門家の集う詩壇や、高尚な現代美術館ではないと著者は言います。

「詩」が生まれるのは、ストリートや街の片隅、あるいは老人ホーム、または死刑囚の俳句、時には湯呑み茶碗。

そこで表現されるのは、生きる事の切実さであったり、赤裸々さであったり、滑稽さだったりします。


『はねたハネタ 人を 人を はねた(中略)
カワちゃんって名前のおっさんだった
金も無いし、住所も無い
戸籍もとっくの昔に売っ払った
存在しない人間 はねても罪にはなりません』
(第16章 肉体言語としてのラップミュージック 319ページ)

『オムツの中が犯罪でいっぱいだ』
(第1章 痴呆系 17ページ)

『世の中に、迷惑をかけるよりも、一日も早く、子供と私は、死なせて頂きとうございます。』
(第4章 池袋母子餓死日記 56ページ)

『綱 よごすまじく首拭く 寒の水』
(第5章 死刑囚の俳句 74ページ)


難解な現代詩とは離れたところにある上記の詩や言葉たち。

著者はそれらも「詩」と捉え、分かる人だけに分かってもらえれば構わないという閉鎖的な現代詩の世界(もちろん全ての詩人がそういう考え方ではないと思いますが)に疑問を感じています。

特に第17章の「相田みつを美術館訪問記」の文章には僕自身が身につまされる部分もあり印象的でした。

『プロは相田みつをを誉めもしなければ、けなしもしない。ただ眼をつぶって、耳をそむけて、きょうも(相田みつを)美術館の前を早足で通り過ぎるだけだ。』(337ページ)

- - - - - - - -  

ちなみに勘違いして欲しくないのは、本書は現代詩批判の本ではありません。

肝心なのは、「何かを表現して誰かに伝えるという事は一体どういう事なのか」という事です。

僕も、本書を読みながら、その答えの出ない問いをグルグルずっと考えていました。

---------------

今週はこれにて以上です。
更新は毎週月曜日。
次回は月日です。
読んで頂きありがとうございました。



[PR]
by mamesyakuhachi | 2015-07-20 00:01 | 都築響一 | Comments(0)

パソコンが復活…しました。

結局は直ったものの型も古かったので、新しくパソコンを購入しました。


今日の本です。

穂村弘 東直子 沢田康弘「ひとりの夜を短歌とあそぼう」(角川ソフィア文庫)

b0145160_09593877.jpg



必ずしも「面白い本=理解できる本」じゃないと思ってます。

この本、半分くらい理解できませんでした。でもとても魅力的な本でした。

気になったところには付箋べたべたです。

b0145160_10001743.jpg




この本は沢田康弘さんが主催する短歌会「猫又」の投稿作品を穂村弘さんと東直子さんという二人のプロ歌人が歌評し、そして三人で対談調に進行していく本です。

三人の短歌評は理解できることもあれば、「えーこんな解釈なんだ。思いつきすらしなかった」みたいなところもありました。

例えば、「えらぶ」をテーマに寄せられたらこんな短歌

ひ  といひて選びぬ  樹液ひとしずくわが胸の羽虫とらふるより速く
(41歳、女性、英米文学翻訳家)

穂村さん&東さん絶賛の短歌なんですが、最初の「ひ」という言葉に「えらぶ」ことへの怖さや残酷性が出ているとの評。
僕は歌評を読むまでそのニュアンスは分からなかったです。

その他にも三人は細かいニュアンスの話で『ここは絶対「」書きだよね』とか『ここにスペース空けは要らないよね』とか盛り上がってるんですが、自分的には「えーそういうもんなの?感性が鋭すぎる・・・」って感じでした。

同じく「えらぶ」をテーマに寄せられた短歌

神様の選びし少女ほのぼのと春のひかりに鞦韆ゆらす
(36歳、女性、歌人)

短歌評では、『春のひかり』や『ほのぼのと』の柔らかい文字面が続く中での、突然の『鞦韆』。(ちなみに鞦韆はブランコの事らしいです)
画数が多く異様な『鞦韆』に少女の未来を制御している宿命を見るとの評でした。


本書の半分も理解できてない僕が言うのもおこがましいですが、この本には創造や表現への溢れる感情を見ます。

5W1Hをあえて取り払ったり、漢字を避けて平仮名表記にするとか、主語をわざと書かなかったりとか・・・
普段の仕事や友達のやりとりの文章では使わないような事が成立している短歌の不思議さ。

そういうある意味わかりづらい表現って、個人的・限定的な表現向きだなって思います。
分かる人にだけ分かってもらえば良いといえば乱暴ですが、理解を求めるあまりの説明的な表現は短歌には不向きかなと思いました。

プロ歌人の穂村さん曰わく
『短歌が目指していく場所っていうのは、現実の中にあることを面白がるっていうんじゃなくって、今は自分の目に見えてないものを言葉で掘り出す方向に行かなくちゃいけない、と思うんです』
『社会的な価値観に引っかからないところから言葉を持ってくるというのが短歌のポイント』

なるほどな~と思いました。

短歌って文字数が限られてますから、作り方がすごく難しいですよね。

口語か文語か敬語か標準語か方言か…、どれを使うか。

そしてその言葉を使って、関係性の微妙なニュアンスとかをどう伝えるかとか。

例えば
「暮れには帰るよ」

ベタな一言ですが、でもこんな一言でも色んなことが伝わると思うんです。

きっと両親のもとを離れた子供が言ってるんだろうとか、そして「は」があるだけで暫く帰ってないんだなとか、帰れない理由があるのかなとか。

一言や一文字の強さがありますよね。

そんな短歌を通じて他人と気持ちを共有できたらきっと素敵だろうなと思います。

この本で短歌を読んだら、短歌を詠んでみたくなる本です。

今日はこれにて以上です。

毎週月曜日に更新。
次回は6月16日です。

読んで頂きありがとうございました。

[PR]
by mamesyakuhachi | 2014-06-09 11:17 | 複数著者など | Comments(0)

美容室でカットの合間に雑誌を置いてくれるんですが、男性向けは種類がないのかメンズノンノやスマートを未だに持ってきてくれます。

そのうちレオンとかサライを置かれるようになるんですかね。


メンズノンノの恋愛相談コーナーで告白のテクニックを教えてました。


『もし俺が好きだって言ったら付き合ってくれる?』と告白すると良い。


・・・ってそれダメじゃないのか、と昭和生まれの俺は思いました。

----------------

本の紹介です。

二年振りに再読した本で、著者はこのブログに三度目の登場です。

枡野浩一「石川くん」(集英社文庫)

b0145160_15365121.png


ポップな表紙の彼。それは石川くん。

石川くんって誰?

みんな知ってます。

石川啄木です。

いまパソコンで「たくぼく」を変換したら最初に「啄木」
さすがの石川くんです。

実は僕はまだ石川啄木の歌集をちゃんと読んだことはないです。

この本を紹介するなら原典読めっていうとこなんですけど、でも石川啄木を知らなくてもきっと楽しめる本です。
読んだことのない僕が紹介してるので間違いないです。


著者は石川啄木の歌を現代風に訳して、身近な知り合いみたいに解説していきます。
「石川くんてさ、ほんとは~だったんでしょ?」という風に。

*********

不来方(こすかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五の心


ちょっとロマンチストな石川くん。「空に吸われし十五の心」なんてちょっと言えない。

*********

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る


有名な歌ですね。著者いわく「ところで石川くん、君がほんとはあんまり働かなかったってこと、わりと最近じゃ有名だよ。」

*********


この本の魅力って今まで知らなかった石川啄木の世界をちょっと知ることです。

教科書だと、凄い人で違う世界って感じるけど、なんだ同じ人間じゃないかって思えます。

著者は啄木の歌について
『石川くんの歌には、読者が「自分の歌」にしちゃいたくなるような普遍性があって、そこが最大の魅力』
と言ってます。

今を生きる人も昔を生きた人も同じ人間。楽しい悲しい嬉しい寂しいも同じように感じたはずです。


*********

いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ


せつないですね~。
暗めが好きな僕にはぴったりくる歌です。

*********

今日はこのへんで以上です。

更新は毎週月曜日。次回は3月3日です。

読んで頂きありがとうございました。
[PR]
by mamesyakuhachi | 2014-02-24 15:42 | 枡野浩一 | Comments(5)

めっきり寒くなりました。

今日は日曜日ですね。
って毎週月曜日更新のブログなのにすいません。
明日どうしても更新できないので、フライング更新してます…。

-------------

音楽はTOMOVSKY「我に返るスキマを埋めろ

b0145160_202898.png


曲名が面白いです。

今日紹介する本の著者が好きなアーティストだそうです。

曲の題名ってすごく大事だなぁって思います。

題名付けるのって難しいですよね。

このブログも本文が完成しても題名で迷ったりします。

感情とか気持ちにぴったりの言葉を与えることって本当に難しいです。

今日紹介する本の著者はぴったりの言葉を見つける事ができる魔法使い。…と僕が思っている歌人の作品です。

枡野浩一「くじけな」(文藝春秋)

b0145160_2025528.png


「いま手にとって読んでくださっているあなたにも、いくらかの必要な言葉がありますように」

という言葉で終わる歌人・枡野浩一の 詩集です。

くじけないで
地球にやさしい
もう君を離さない
君はそのままでいい

というような一般的に使われる言葉たちから少し引き算して

くじけな
地球にや
もう君を離さな
君はそのままでい

という言葉にして、その言葉たちを詩のタイトルにして綴っています。
少し引き算するだけで、言葉の意味が間逆になったり、無意味になったりします。

31編+8編の詩が収められています。

枡野浩一の言葉遊びです。意味を無くした言葉に新しい意味を与えたり、さらに無意味にしたりと、言葉との距離感が面白いです。

今の世間や歌にありふれている言葉たち。
たとえば「君は一人じゃない」「愛がすべて」「人生はまだまだこれから」

僕はそんな言葉達に出会うたび、違和感を覚えたりします。
最初は感動的で意味のあった言葉達も、使い続けられ、手垢がついていくたびに
何となく最初の説得力や美しさがなくなっていくと思うときがあります。

メディアや雑誌で「この言葉は名言です」、と押し売りみたいになった言葉たち。テレビのテロップで、ここが笑いどころと言わんばかりの言葉たち。

人の心を動かしてきたはずの言葉たちはありふれた常套句になって、一時の清涼剤みたいに僕の中で上滑りしていきます。

枡野浩一はそんな言葉たちの意味を一度無くしたり、敢えて滑稽にしたりします。

そして原点に立ち戻り、再度、その言葉の意味を再構築したり、さらに突き放したりします。

作品中の一編「きっとうまくいくさ」
枡野浩一はこれを「きっと馬喰い草」と言い換えます。
まるでパソコンの誤変換みたいです。

この本のタイトルの一編「くじけな」。
くじけないで、と言う人の強さに負けそうなときは、くじけな、と綴る著者。

使われ続けた名言の意味を取り払い、今を生きる自分達に必要な意味を再確認させてくれます。


・・・・・・・・・・・・・・・・

ちなみに

31編+8編と表記したのは、31編と8編の間に、著者、そして世の中にある出来事が起こったからです。

何の出来事か。それは実際にこの本を手にとって読んでほしいです。

この場で説明したら、その出来事の意味、著者が伝えたい美意識を損なうと思います。

なので言いません。

…不親切ですいません。



今日はこのへんで以上です。

ブログは毎週月曜日に更新。(今回はフライングしましたが…)

次回は11月18日です。

読んで頂きありがとうございました。
[PR]
by mamesyakuhachi | 2013-11-10 20:07 | 枡野浩一 | Comments(0)

昨日親知らずを2本抜いてきました。上の歯両サイドです。
一度に2本抜く人は珍しいみたいです。
痛みと出血がまだ少しあるものの、なんだかスッキリしました。
以前下の歯を抜いたときは、何度か通院して結構時間かかりましたが、上の歯は数分で終わりました。


今日は紹介する本は実用書です。
「季語辞典 日本人なら知っておきたい美しい季節のことば」(発行・パイインターナショナル)です。

b0145160_15283664.png



俳句といえば季語ですね。でも季語について僕はあまり知識ありません。「辛夷」と言われても、いつの季節か分からない上に、読み方も知りませんでした。ちなみに辛夷はコブシで、季節は春みたいです。モクレン科の落葉高木で白い花をつけるみたいです。って受け売りの浅知恵です。

この本は季語辞典とは言いながらも、写真がかなり充実していて、季語を春夏秋冬ごとに紹介しつつ実際にその季語が詠まれた句も紹介されていて面白いです。俳句の入門書として良いと思いました。発行年も2012年で現代人向けですね。
知らなかったんですが「バレンタイン」(春)とか「ナイター」(夏)「サングラス」(夏)も季語として紹介されてました。

この本には載ってないですが、音楽グループの「チューブ」は夏の季語なんだろうかと思ったら季語のようでした。→参考ページ

ところで季語ってどこかが認定してるんですかね。調べても確かな事は分からずじまいでした。
チューブがいいならサザンも、とか、でも広瀬香美はまだ認めないみたいな。そういう季語選定協会みたいなものがあるんでしょうかね。



話がそれましたが・・・
この本の中で紹介されている俳句で自分なりに良かったものをいくつか紹介したいと思います。

蕎麦はまだ 花でもてなす 旅路かな  芭蕉

渡り鳥 みるみるわれの 小さくなり   上田五千石

夏帽子 水平線の 上に置く        落合水尾

たった17文字ですが、その時の気持ちや風景が目に浮かんできて良いです。
「蕎麦はまだ~」は蕎麦食べれなくて少しがっかりだけど、花は綺麗だからそれでいいか~というのどかな気持ちが伝わってよいです。
「渡り鳥~」は視点が鳥の目線になっていて不意を突かれた気持ちでした。
「夏帽子~」はあざやかです。水平線の上にって、もちろん感覚的な話なんでしょうけど、真夏のどこまでも続く青い空が目に浮かびます。


日本人って何だかんだ言いながら四季の移り変わりに敏感ですよね。自分もコンサートで選曲するとき季節感を気にします。
この季語辞典を読みながらふと思ったのは、たとえば春のコンサートだから春の曲を選ぶという方法以外にも、秋に感じる桜の美しさとか、真夏に思う冬の寒さとか、そういう捉え方もありなんじゃないかと思いました。例えがあまり上手くないですが、その場で感じるものや見えるもの以外に、心の中の想像力で思う春夏秋冬を感じられたら良いなと思いました。別な言い方をすれば、日本は今夏だけどオーストラリアは冬で、一日でいえば、日本は今朝だけどアフリカは夜とか。
そういう風に考えていくと、自分本位だった気持ちが、少しずつながら他人へ移っていくような気がします。

など言いながら・・・

俳句は奥深いですね。何を言ってるのか全く分からないものも沢山ありましたからね・・・。

とりあえず下手なりに詠んでみようかなとか思いました。

では長々失礼しました。

次回更新は7月23日に致します。

読んで頂きありがとうございました。
[PR]
by mamesyakuhachi | 2013-07-19 11:11 | 複数著者など | Comments(0)