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先週末はアートフェア東京が開催されいたみたいです。

行こうと思いながら結局行けなかったんですけどね……。

でも今年は出来る限り美術館や博物館に行きたいと思っているので、まずは情報を得たい。


そんなときは雑誌でしょ。
(上記画像の左「TOKYO美術館2017-2018」枻出版社 右「東京ミュージアムさんぽ」朝日新聞出版)

なんと言ってもビジュアル多いのが嬉しい。

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なんという美しい本棚…。

言葉より写真の方が伝わりますよね。
(ちなみに文京区の東洋文庫ミュージアム です)

あと、二誌共通で良かったのは

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今年の開催カレンダーです。

こりゃ冷蔵庫に貼るしかないでしょ。


ちなみに本&美術好きな方は知ってる方も多いと思いますが、毎年東京でTHE TOKYO ART BOOK FAIRというイベントもあります。
(昨年は9月開催)

今年の開催されたら是非行きたい。



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by mamesyakuhachi | 2017-03-20 00:01 | 尺八と生活 | Comments(0)

今月はパソコン周りの不調が続いてました。

内臓スピーカーから謎の不協和音。
動画再生中に強制終了。
USBは読み込まずデータは消える…。

そんなこんなで焦ってばかりの6月でした。

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今日の本です。

石田徹也「石田徹也遺作集」(求龍堂)


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読んだ後に最初に思った事は、この表紙はこの画集に合ってるのかな、という事でした。

表紙の作品は1996年に発表した「飛べなくなった人」です。
石田さんの作品の中でも特に有名な作品です。

石田さんの作品は一見すると暗いものが多いです。
そして現代社会への風刺的で普遍的なメッセージも込められていると思います。

でも「飛べなくなった人」などの作品を描いていたときのことを、本人はこんな風に言ってます。


『駅前で拡声器でワーワー言っているのと変わらないかなって思っちゃって・・・。』
『自分の狭い視野で、押し付けているような。』


そして、こんな事も言っています。


『結局絵って見る人によるんです。どんな風にでも。』
『僕の絵を見て、笑ってる、怒ってる、悲しがってる……。そういう人が同時にいるのが理想』


作品にメッセージ性を持たせる事に意味があるのかな…といつしか自問するようになっていきます。


僕は石田さんのこの画集を見て、正直なところ、笑いや明るさを見いだせませんでした。

でも、これから先、僕が生きていく中で石田さんの作品の印象が変わっていったらいいな、と思いました。
暖かいなって思ったり、喜びがあるなと感じたり。
時間を重ねる中で、絵の印象が変わっていくのが理想かな…と、この画集を見て思いました。


その上で、僕が最初に感じた気持ち「表紙がこの画集に合ってるかどうか」
という事に戻るんですが、僕は決して合ってないと言いたいわけじゃないんです。
石田さんの名前を知らなくても、この作品は見たことがあるという方も多いと思うので表紙に持ってくる事は石田さんを知るきっかけとして大切だとも思うんです。

でも、だからこそ判断が難しいなって思うんです。だって僕も作品を知ってから石田さんに興味を持ったので。

この画集を見て、皆さんがどんな事を思うのか知りたいです。


余談ですが、先日まで神奈川県の平塚市美術館で作品展が開催されてたんですよね。

行きたいな、って思ってたのに結局行けずじまいでした。
パソコンを一旦休ませておいて見に行けば良かったな~と少し後悔です。

まぁ次回こそは、と今から思ってます。

今日はこれにて以上です。

毎週月曜日に更新。次回は7月7日です。

読んで頂きありがとうございました。
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by mamesyakuhachi | 2014-06-30 10:53 | 石田徹也 | Comments(0)

パソコンが復活…しました。

結局は直ったものの型も古かったので、新しくパソコンを購入しました。


今日の本です。

穂村弘 東直子 沢田康弘「ひとりの夜を短歌とあそぼう」(角川ソフィア文庫)

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必ずしも「面白い本=理解できる本」じゃないと思ってます。

この本、半分くらい理解できませんでした。でもとても魅力的な本でした。

気になったところには付箋べたべたです。

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この本は沢田康弘さんが主催する短歌会「猫又」の投稿作品を穂村弘さんと東直子さんという二人のプロ歌人が歌評し、そして三人で対談調に進行していく本です。

三人の短歌評は理解できることもあれば、「えーこんな解釈なんだ。思いつきすらしなかった」みたいなところもありました。

例えば、「えらぶ」をテーマに寄せられたらこんな短歌

ひ  といひて選びぬ  樹液ひとしずくわが胸の羽虫とらふるより速く
(41歳、女性、英米文学翻訳家)

穂村さん&東さん絶賛の短歌なんですが、最初の「ひ」という言葉に「えらぶ」ことへの怖さや残酷性が出ているとの評。
僕は歌評を読むまでそのニュアンスは分からなかったです。

その他にも三人は細かいニュアンスの話で『ここは絶対「」書きだよね』とか『ここにスペース空けは要らないよね』とか盛り上がってるんですが、自分的には「えーそういうもんなの?感性が鋭すぎる・・・」って感じでした。

同じく「えらぶ」をテーマに寄せられた短歌

神様の選びし少女ほのぼのと春のひかりに鞦韆ゆらす
(36歳、女性、歌人)

短歌評では、『春のひかり』や『ほのぼのと』の柔らかい文字面が続く中での、突然の『鞦韆』。(ちなみに鞦韆はブランコの事らしいです)
画数が多く異様な『鞦韆』に少女の未来を制御している宿命を見るとの評でした。


本書の半分も理解できてない僕が言うのもおこがましいですが、この本には創造や表現への溢れる感情を見ます。

5W1Hをあえて取り払ったり、漢字を避けて平仮名表記にするとか、主語をわざと書かなかったりとか・・・
普段の仕事や友達のやりとりの文章では使わないような事が成立している短歌の不思議さ。

そういうある意味わかりづらい表現って、個人的・限定的な表現向きだなって思います。
分かる人にだけ分かってもらえば良いといえば乱暴ですが、理解を求めるあまりの説明的な表現は短歌には不向きかなと思いました。

プロ歌人の穂村さん曰わく
『短歌が目指していく場所っていうのは、現実の中にあることを面白がるっていうんじゃなくって、今は自分の目に見えてないものを言葉で掘り出す方向に行かなくちゃいけない、と思うんです』
『社会的な価値観に引っかからないところから言葉を持ってくるというのが短歌のポイント』

なるほどな~と思いました。

短歌って文字数が限られてますから、作り方がすごく難しいですよね。

口語か文語か敬語か標準語か方言か…、どれを使うか。

そしてその言葉を使って、関係性の微妙なニュアンスとかをどう伝えるかとか。

例えば
「暮れには帰るよ」

ベタな一言ですが、でもこんな一言でも色んなことが伝わると思うんです。

きっと両親のもとを離れた子供が言ってるんだろうとか、そして「は」があるだけで暫く帰ってないんだなとか、帰れない理由があるのかなとか。

一言や一文字の強さがありますよね。

そんな短歌を通じて他人と気持ちを共有できたらきっと素敵だろうなと思います。

この本で短歌を読んだら、短歌を詠んでみたくなる本です。

今日はこれにて以上です。

毎週月曜日に更新。
次回は6月16日です。

読んで頂きありがとうございました。

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by mamesyakuhachi | 2014-06-09 11:17 | 複数著者など | Comments(0)

ブログを模様替えしました。タイトルも変えました。

取り上げた本も増えてきたので、左側のカテゴリー欄で著者別インデックスを作りました。

なんか年をとるごとに整理することが好きになってます。(より神経質になってる…?)

昔はバラバラに積み上げてた楽譜もアイウエオ順で整理するようになりました。
探す時間が省けて便利です。って当たり前か。

では、本の紹介です。

ユ・テウン「きんぎょ」木坂涼訳(セーラー出版)

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「絵本を読んでます」というと、なんかちょっと痛い奴だよな俺…と思ったりもします。
…が、好きな絵本だったので紹介します。(痛いところは大目に見てください…。)


この本は真っ赤な表紙。
そしてタイトルは一言
「きんぎょ」

その簡潔で印象的な佇まいが気に入って手に取りました。

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あらすじは・・・

きんぎょを飼っている少年がきんぎょ鉢と共に祖父の勤める図書館を訪れる。
本に夢中になるうちに、うとうと少年は眠ってしまう。
目が覚めてきんぎょ鉢を見ると、きんぎょが居なくなった事に気づく少年。
きんぎょを探し、後を追うと、きんぎょ色した真っ赤な本に出会う…。

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少年がきんぎょ色の本を開く瞬間の絵が良いです。

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湧き上がるイマジネーションのしぶきを感じます。

少年はきんぎょと共に本の中の世界に駆け出し、大らかな優しい世界を自由に旅します。

この絵本の中間部は文章が無く、絵のみで構成されてるんですが、この部分が好きです。
近い視点から遠い視点への切り替わりと、本の世界と外の世界を隔てる壁を取り払った自由な描写。
広がりと意外性を感じます。


全体を通してモノクロに近い絵本なんですが、きんぎょにのみ赤い色がついてます。
それが効果的に作用してます。
きんぎょが今にも動き出しそうです。

印象的な絵本でした。


今日はこの辺で以上です。

更新は毎週月曜日。次回は3月31日です。

読んで頂きありがとうございました。

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by mamesyakuhachi | 2014-03-24 10:46 | ユ・テウン | Comments(0)

今日の音楽はbanda magda「Amour T'es La」です。

CD試聴コーナーでたまたま聴いた曲です。


先日、僕の好きなイラストレーターmakomoの本を購入しました。

makomo「ほんきでてきとうに」(gzm art fund)

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てきとうに最大出力、のらりくらりとフルパワー。
makomoのイラスト+コメント集です。作者本人のブログで中身を見ることができます。

makomoのてきとうブログ



本の紹介です。

大竹伸朗「見えない音、聴こえない絵」(新潮社)

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どこからか大きな岩がやってきて、沼にむかってガツンと投げ入れられて水しぶきがあがるような、
そんな衝撃を受けました。

そしてその岩は確かな大きさだけど、自分の沼に入ってから、まだ沈まずに浮かんだままです。

この本は画家の大竹伸朗が創作やそれに向かう衝動をエッセイとして書いています。
2013年11月4日にこのブログで紹介した「ジャリおじさん」の作者でもあります。

本文の気になった文章を取り留めなく引用します。前後の説明を省いて引用しますので、分かりづらいかもしれませんが、雰囲気だけでも感じてくれたら嬉しいです。

『何かの拍子に特定のモノが視覚に入り込んだ瞬間、内側の意識以前の感覚と直結してしまう』『たとえ一本の線であってもそこに自分が関わることで自分自身が見て見たい何かが現れるであろうというおぼろげな確信』

『虫メガネがモノを拡大して見るための道具というよりは、自分とモノの距離を自由自在に一瞬のうちに操作できる変換装置であったのだといった認識が芽生えた』

『そんな写真には、被写体がなんであれ「意味」とはかけ離れた場所にあり続ける「記憶のあり方」といったことをいつも感じ、それが無性に自分を絵に駆り立てることが多い』

『自分が一番興味を持つのは今も昔も進行形の出来事であり、今この世に生きている人々の作り出す作品だ。』『新たな価値観を見つけ出しゼロから組み上げようとする意志、それが自分にとっては大切なことであり、そんな人々の気持ちや思いが自分の中で「芸術」というものに強く繋がっている気がする。』

『今作り出されているもの、それを見たい、今日世界のどこかで生まれたバンドの音を今聴いてみたい、そんな欲求が自分には昔から強くある。それは世の中の「芸術的価値」とはまったく別の場所につねにある。』

『いつも割り切れない。小数点以下の「余り……」が心に残る。残ってはいけないのか?』

『「興奮」がいつのまにか「つじつま合わせ」にすり替わることはよくあることだ。答えは合っているが面白くないということは往々にしてあることで、あまりにジャストなギャグは笑いの反応が少ないことにもどこか似ている。』『本人も「わからない部分」が、実は興奮や面白いと思う気持ちと強くつながっている。』

『そもそも、作り出した作者が作品の一番の理解者だとする前提は、えてしてモノを見えにくくする「常識」という名の煙幕であり、皮肉なことに「本質」というものはこの話のように「ミステイク」や「勘違い」からポロリとこの世に稀にその姿を現わすものだ。』

『それまで経験しえなかった出来事が誰かの内側で起きてしまうその瞬間、そこに僕は「芸術」というものの核を見る。』

『カスレもクソも知ったことではない、すべてをブッチぎる反逆のメロディー印刷全開である。こちらの制作衝動計針はレッドゾーンを一気に振り切った。』



読み終わっても、自分の中に残るモヤモヤ感。
作者が言いたい全部は理解出来ませんでしたが、僕の中で不確かな雲みたいなものが現れて、今にも雨が降りそうで浮かんでいます。

たとえば「手段」と「目的」

「目的」が「手段」に入れ替わったり、いつの間にか「手段」自体が「目的」になってしまっている。
それなら視覚や聴覚や嗅覚や味覚を一度取り払う必要があるのかもしれません。

でも、その「手段」がいつの間にか「目的」にゆっくり近づいてきてしまう。

そうなってしまえば、有効だったはずの「手段」はパフォーマンスの一部になってしまう。

僕の中のグニャグニャした雲は形をゆっくり形を変えながら、雨になりそうで、でもなかなか降り出さない感じがします。

沼に浮かんだ硬質に感じていた岩は、近づいてみれば発泡スチロールの岩なのかもしれません。



…なんか思ったままに、感覚だけで書きました。

分かりづらいですよね。書いてる僕本人もよく分からない部分があります。

でも作者の創造への衝動は僕の中に確実に何かを残しました。


今日はこの辺で以上です。

更新は毎週月曜日。

次回は12月23日です。

読んで頂きありがとうございました。
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by mamesyakuhachi | 2013-12-16 10:21 | 大竹伸朗 | Comments(0)

今年もあと2ヶ月ですね。

今日の音楽は山崎まさよし「江古田」です。


先日、江古田駅の北口界隈をうろうろしていたら、見慣れないちょっと不思議なお店がありました。

佇まいは昔ながらの商店風(豆腐屋風?)なんですけど、入り口にナース服やら年代物とおぼしき洋服が並んでいました。
その奇妙な雰囲気から「きっとこのお店は父と娘が無理やり一つの店で商売していて、父親は頑固に豆腐を作り、娘は自分の好きな洋服を勝手に売ってるんだろう」と思いました。

面白い店だな~と思いながら、フラフラ中に入りました。

入ってみたら、予想はハズレで、単に居抜き(もとの店舗をそのまま使ったお店)で雑貨屋を最近オープンしたみたいでした。

昭和風、古風、日本風なものが中心のようです。個性的でインパクトがあるお店で良い感じです。

ちなみにホームページありますので紹介します。

ガラクタや ネバーランド

店主、曰わく「自分の好きなものを自由に並べた、普通のお店。でもお客さんは変わったお店だと言う」との事。



買い物したら店主が声をかけてくれました。

店主と少しだけ普段読む本やら普段聞く音楽の話などさせてもらいました。

そしたら店主オススメの本を教えてくれて、なんと個人的に貸して頂きました。


澁澤龍彦「快楽主義の哲学」、三島由紀夫「不道徳教育講座」、夢野久作「ドグラマグラ」(漫画版)
の三冊です。まだ全部読んでませんが、面白いです。澁澤龍彦とか書いてることがぶっ飛んでて本気なのかなこの人…?と思いながらも、興味深く次々読めます。三島由紀夫は読んでいたら、なんか中原昌也を思い出しました。


それで、こちらも借りたお礼と開店祝いにと店主に本をプレゼントしました。
このブログでも以前に紹介したエドワードゴーリーの「うろんな客」です。
一般的に考えれば開店祝いにふさわしくないですが、店主には喜んで頂いたみたいで嬉しいです。

思いがけない出会いで嬉しいです。



今日は最近衝撃的だった絵本の紹介です。


大竹伸朗「ジャリおじさん」(福音館書店)


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これはすごい絵本です。ちょっと感動を覚えます。




ジャリおじさんはいつも海をみて暮らしています。

…そしてある日、クルリとうしろを振り向くと黄色い道があることに気づく。




最初のこのくだりから、完全に好きになりました。

そして絵がすごく良い。美しいです。

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写真じゃ表現しきれないですが、ぜひ子供から大人まで読んで欲しいです。

僕はイマジネーション刺激されっぱなしでした。

色彩感覚と絵柄がすごく良いです。
この世界を音楽で表現するならどうなるんだろうとか考えました。



ここらへんで今日は以上です。

毎週月曜日に更新。次回は11月11日です。

読んで頂きありがとうございました。
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by mamesyakuhachi | 2013-11-04 08:53 | 大竹伸朗 | Comments(0)

『ンーパ』makomo/著

東京は梅雨で、不安定な天気が続いてます。

今回は半年くらい前に中野ブロードウェイで購入した本を紹介します。

といっても本の中に文字は無く、絵だけですが。

makomo「ンーパ」

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です。

買ったお店のブログで中身を少し見る事ができます。

不思議な味わいがあります。

すごくいい意味で下らないというか、感覚に訴える面白さがあります。

蛇足ですが題名の「ンーパ」が「ンーパッ」だったら何か違うものになるよなぁと思いました。

「パ」で止めると、ちょっと締りがなくて、ゆるくて良いですよね。

そしてまた ひらがなで「んーぱ」だと緩くなりすぎるかなとも思います。


同じ作者の「くつ下」も気になるところです。

紹介2作品目で文字が一切ない本の紹介もどうかと思ったんですが、気に入ってる本なので紹介してみました。


次回は少し重めの本を紹介したいと思います。

更新は7月1日にします。・・・と宣言することで自分に負荷をかけてみます。

では また。失礼しました。
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by mamesyakuhachi | 2013-06-27 11:25 | makomo | Comments(0)