今年もあと3日。

ワクワクする年末もあと3日です。

今日は年の瀬らしく「今年一番印象に残った本」を紹介します。

今年は比較的たくさん本を読みました。
基本的に好きな本ばかり読むので、ジャンルに偏りがあるのですが、それでも「一番」となると決めるのが結構難しい・・・。

余談ですが、例えば人に「一番おすすめの本を教えて」と言われた時は迷います。
その人の趣味や考え方、本に馴れている度合いによっても薦めたい本は変わるし、「自分が好きな本」=「人に勧めたい本」ではない事もあります。
選書に迷いながらも、念頭にあるのは本を好きになって欲しいという事です。
全部読まなくてもいいし、好きな所だけ楽しむ読書もいい。
世界的名著や難しい理論書を無理に読む必要もないと思います。

読書が自由で楽しい時間であって欲しいです。

------------

佐野洋子「シズコさん」(新潮文庫)

b0145160_171398.jpg



「よー子さん元気ですか?」
天国の佐野洋子さんに親しみを込めて「よー子さん」と僕は問いかけます。


偉大な作家の佐野洋子さん。
だけど、たぶん普段の佐野洋子さんはそんな雰囲気を少しも感じさせない人で、天性の素直さを持った人だと思ってます。

この本はそんな「よー子」さんと、認知症になった母親との事を書いたエッセイです。


「私は母が嫌いだった」というよー子さん。

「金で母を捨てた」というよー子さん。

ストレートでぶっきらぼうで少しそっけない。
でも、とてもやさしいよー子さん。

よー子さんの文章にふれるたび、よー子さんの本に出会えて良かった。って思います。

よー子さん元気ですかー?
僕は元気で何とかやってます~。


------------


今年このブログで紹介した本の一覧です。

【1月】
松本大洋「Sunny」(小学館IKKICOMIX)
角田光代/著、近松門左衛門/原作「曽根崎心中」(リトルモア)
さくらももこ「神のちから」(小学館)
吉本ばなな「アムリタ」(新潮社)
筒井康隆「最後の喫煙者」(新潮文庫)
稲垣足穂「一千一秒物語」(新潮文庫)
【2月】
上原隆「雨にぬれても」(幻冬舎アウトロー文庫)
土屋賢二「われ笑う、ゆえにわれあり」(文春文庫)
枡野浩一「石川くん」(集英社文庫)
【3月】
中島らも「心が雨宿りする日には」(青春出版社)
日本エッセイストクラブ編「耳ぶくろ」(文春文庫)
西加奈子「しずく」(光文社)
ユ・テウン/著、木坂涼/訳「きんぎょ」(セーラー出版)
吉永マサユキ「若き日本人の肖像」(リトルモア)
【4月】
益田ミリ「青春、手遅れ」(角川学芸出版)
中島らも「ガダラの豚」(集英社文庫)
デヴィッド・カリ、セルジュ・ブロック、 小山薫堂/訳 「まってる。」(千倉書房)
想田和宏「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」(講談社現代新書)
【5月】
穂村弘 「本当はちがうんだ日記」(集英社)
長谷川義史「ぼくがラーメンたべてるとき」(教育画劇)
みうらじゅん「とんまつりJAPAN」(集英社文庫)
能町みね子「雑誌の人格」(文化出版局)
フランソワーズサガン「悲しみよこんにちわ」(新潮文庫)
山田かおり「株式会社家族」(リトルモア)
澁澤龍彦「世界悪女物語」(文春文庫)
村上龍「イン ザ・ミソスープ」(幻冬舎文庫)
沢木耕太郎「深夜特急」(新潮文庫)
西加奈子「通天閣」(筑摩書房)
【6月】
渡邉良重(絵)高山なおみ(文)「UN DEUX(アン ドゥ)」(リトルモア)
穂村弘 東直子 沢田康弘「ひとりの夜を短歌とあそぼう」(角川ソフィア文庫)
村上春樹「風の歌を聴け」(講談社文庫)
ピエール・バイヤール/著、大浦康介/訳「読んでいない本について堂々と語る方法」(筑摩書房)
松田青子「スタッキング可能」(河出書房新社)
山下清「日本ぶらりぶらり」(ちくま文庫)
江口歩「エグチズム」(新潟日報事業社)
坂本大三郎「山伏と僕」(リトルモア)
ヘルマンヘッセ「庭仕事の愉しみ」(草思社文庫)
石田徹也「石田徹也遺作集」(求龍堂)
【7月】
小山田浩子「工場」(新潮社)
津村記久子「カソウスキの行方」(講談社)
武者小路実篤「友情」(新潮文庫)
ヘルマンヘッセ/著、松永美穂/訳「車輪の下で」(光文社新訳文庫)
サンテグジュペリ、野崎歓/訳「ちいさな王子」(光文社新訳文庫)
糸井重里「羊どろぼう」(Hobonichi Books)
阿部はまじ/文、平澤まりこ/画「森へいく」(集英社)
ラチー・ヒューム/作、長友恵子/訳「ゆうかんなうしクランシー」(小学館)
M.B.ゴフスタイン/作、末盛千枝子/訳「ゴールディーのお人形」(すえもりブックス)
【8月】
益田ミリ「すーちゃん」(幻冬舎文庫)
又吉直樹「東京百景」(ヨシモトブックス)
又吉直樹「第2図書係補佐」(幻冬舎よしもと文庫)
織田作之助「夫婦善哉」(新潮文庫)
エドワード・ゴーリー/著、柴田元幸訳「まったき動物園」(河出書房新社)
エドワード・ゴーリー「キャッテゴーリー」(河出書房新社)
こうの史代/著、「この絵本が好き!」編集部/編「あのとき、この本」(平凡社)
【9月】
町田康「夫婦茶碗」(新潮文庫)
タナカカツキ「サ道」(PARCO出版)
村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文芸春秋)
団鬼六「真剣師 小池重明」(幻冬舎アウトロー文庫)
古井由吉「杳子」(新潮文庫)
町田康「きれぎれ」(文春文庫)
安部公房「砂の女」(新潮文庫)
星新一「明治・父・アメリカ」(新潮文庫)
林明子「こんとあき」(福音館書店)
うみのさかな、宝船蓬莱「幕の内弁当」(角川文庫)
ナディーヌ・ブラン・コム/文、オリヴィエ・タレック/絵、磯みゆき/訳「ちいさいきみとおおきいぼく」(ポプラ社)
乙一「暗いところで待ち合わせ」(幻冬舎文庫)
【10月】
佐々木マキ「ねこ・こども」(福音館書店)
太宰治「東京八景(「走れメロス」より)」(新潮文庫)
太宰治「斜陽」(角川文庫)
原田マハ「楽園のカンヴァス」(新潮社)
穂村弘「整形前夜」(講談社)
有川浩「阪急電車」(幻冬舎文庫)
チャールズ・ディケンズ「クリスマス・キャロル」(光文社古典新訳文庫)
森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」(角川書店)
【11月】
上原隆「にじんだ星をかぞえて」(朝日文庫)
パウロ・コエーリョ「アルケミスト」平尾香/画、山川紘矢・山川亜希子/訳(角川文庫)
よしもとばなな「ハードボイルド/ハードラック」(幻冬舎文庫)
吉村昭「海も暮れきる」(講談社文庫)
中村文則「銃」(新潮社)
【12月】
西加奈子「サラバ!」(小学館)
三浦しをん「本屋さんで待ちあわせ」(大和書房)
makomo「くつ下」
島本理生「真綿荘の住人たち」(文春文庫)
佐野洋子「シズコさん」(新潮文庫)


今年はこれにて以上です。
毎週月曜日に更新。次回は1月5日です。
読んで頂きありがとうございました。
皆様良いお年を。

[PR]
by mamesyakuhachi | 2014-12-29 06:00 | 佐野洋子 | Comments(0)

隅田川花火大会も中止になってしまいましたね。

といいながらもインドア派で人ごみが苦手なので行こうとすらしませんでしたが。

今日このブログ書きながら聴いてるのは吉松隆のピアノ曲「ピアノフォリオ 消えたプレイヤードに寄せて」です。

ピアノ曲持ってきちゃうのが、なんか若干酔ってて痛い感じもしますけど…。
いや本当は別な曲聴きながら書くつもりだったんですけどね。理由がありまして。

それで、取り上げる本も本当は別の本を紹介するつもりだったんですけど、
これまた同じ理由で紹介する本を変更します。

その理由っていうのは詳しくは伏せますが、悲しい別れが二つ続いたからです。

そんな中、一体何を書くべきだろうとか、書かない選択肢も考えましたが、
どんな気持ちの時でもできる事があると思い、ブログ書きます。

佐野洋子「友達は無駄である」

b0145160_18231483.png


佐野洋子の友情や交友に関する想いを対談形式で綴った本。
中国で幼少時代を過ごし、日本に引き揚げてきてから山梨県を経て、静岡県で学生時代、そして上京。武蔵野美大に行き、社会人を経て、そして今の事。
家族、友達、子供…それぞれの関係性に感じる事を佐野洋子が言葉で綴っています。

「友達は無駄な時間を吸い上げて作られる」

友達と何もせず、ただボーッと時間を過ごすこと。
悲しんでいる友の横で、何もしてあげられず、かつおぶしをかいていたこと。

友達ってなんでしょうね。難しいです。
一つ思うのは、時間を共有する事かなと思います。
他人の大切な時間を貰って、そしてまた自分の時間を他人に差し出す事。
そんなやり取りかなと思います。

人間と人間の関係、友達、家族、仲間、それらには貴重な「無駄」が大切だと思います。
建設的でない馬鹿な話や、後から考えればなんであんなことしたんだろうと思う事。

人と人は大きな「無駄」を吸い上げて生きていると思います。
そして、その時間が人と繋がる上でとても大切で、目に見えない優しさ、気持ちに繋がると思っています。


今、別れを迎えて、思い出すのは何でもない日々の事です。

的外れな話や、いつまで経っても本題に入らず、余計な話ばかりしてくる事。寿司屋で海苔巻きだけ食べて一時間ねばって会計200円だった事。


年末こたつに入りながら「清水の次郎長」を5時間も見た事。覚えてるのは「馬鹿は死ななきゃ治らない」だけだった事。そしてずっとテレビに文句や愚痴を言ってたこと。


・・・・・


佐野洋子に言わせれば「人間、死ぬのは当たり前」


そうですよね。確かに人間はいつか死ぬ。
でも、僕はまだそれを経験していません。
そして経験から来る説得力も持つことは永遠にできない。

何を思って、何をすべきか。

難しいですね。

せめて約束した事は果たしたいと思います。


・・・・


次回は8月1日に更新します。

読んで頂きありがとうございました。
[PR]
by mamesyakuhachi | 2013-07-28 18:41 | 佐野洋子 | Comments(3)

先日高崎に行ってました。

6/29のブログにも書きました「ドキュメンタリー映画 100万回いきたねこ」を観てきました。
b0145160_10304282.png


映画公開終了が迫っていたので、急いで駆け込んだ感じです。

感想としては、無理してでも観て良かったです。

映画の内容は絵本の作者・佐野洋子さんの晩年、そして絵本を軸にして数々の一般女性が登場してきます。女性達は人生への悲しみや喜び、はかなさ等を言葉少なく語ります。
そして、その合間に心理描写を思わせるような美しい風景、そして所々で絵本の読み聞かせ、女優・渡辺真起子さんのナレーションが入ります。

絵本の内容と女性達の人生がリンクしながら、映画は静さを保ち進行します。無言、無音声のシーンが多用され、ゆっくりと映像は流れながら、人生の残酷さや無常のようなものが心に迫ってきます。

佐野洋子さんのインタビューや肉声も挿入されていました。
「生きることに大した意味なんてない」「死んでも金なんか残さない」「大切なものは目にみえない」…

佐野さんの言葉はストレートでぶっきらぼうな印象でした。しかし、その言葉は飾り気なく本音の言葉で胸に入ってきました。

この映画を見る前から「100万回いきたねこ」は大好きな絵本でした。単純な話であるだけ様々な捉え方があります。

映画を見終わって再度この絵本を考えたとき、色々な解釈はあれども、自分が素直に感じたまま捉えればいいんじゃないかなと感じました。それは佐野さんの本音のストレートな言葉の印象から感じたことでした。

高崎に行って良かったです。

そして、この映画で音楽を担当されたコーネリアスの楽曲も良かったです。



ところで前回のブログで告知しました自分のコンサートの詳細です。

小さな会場ですが、自分が思っていることや、大げさにかっこつけて言えば美意識みたいなものを表現できれば思っています。助演は作曲家でピアニストの木下愛子さんです。


遠藤直幸 尺八コンサート
「漸近線-いつか見る交点は-」
【日時】
10/27(日)
14:30開場、15:00開演
(16:00終演予定)
【料金】
1500円(定員30名、ご予約優先)
【場所】
かふぇ&ほーるwith遊
(荻窪駅徒歩7分、杉並区荻窪3-46-13)
【出演】
遠藤直幸(尺八)
ゲスト・木下愛子(ピアノ、作曲家)
【コンサートについて】
永遠に近づきながら、永遠に交わることのない漸近線。もちろん交点は存在しない。
上京10年、遠藤直幸の初めてのソロコンサート。
音楽とは何か、そして大きく言えば、生きることとは何か。途方もなく大きな問題に、答えもなく逡巡を繰り返す日々。
たとえ答えがなくとも漸近線のように永遠に近づこうとするその行為の尊さを思い、音を作り出す。

【問合せ先】
oxyges8nuque@yahoo.co.jp
090-4783-8742

ご来場頂けたら嬉しいです。

なお福島公演も今年の11月16日(土)に決まりました。
詳細はまだ詰めている段階です。また告知します。

では長々読んで頂きありがとうございました。

次回更新は7月10日にいたします。
[PR]
by mamesyakuhachi | 2013-07-05 11:10 | 佐野洋子 | Comments(0)

三年ぶりのブログ更新です。

写真も古いので変えました。

三年も何やってたんだと、思う方も、思わない方も、興味ある方も興味ない方もいると思います。

ブログを更新をしようと思ったのは、自分の今思ってる事とか関心あることを発信してみようかなと思ったからです。

趣味のブログに近くなるかなと思いつつ。

最近暇を見つけては図書館行って本をかりて読んだりしてます。趣味読書っていうと少し高尚な感じですが、好きな本をぼちぼち読んでるくらいです。

それでこれからブログで読んだ本を紹介しながら日々感じることや思うことを書いていきたいと思います。

初回はすごくメジャーな本です。

佐野洋子「100万回生きたねこ」
b0145160_8184836.jpg


内容はご存じの方も多いと思います。百万回生きて百万回死んだ とら猫。死ぬのなんか平気で悲しくもない。
それがある時、白く美しい猫に出会い恋をする。愛と悲しみを知ったとら猫は二度と生き返らなくなる。

この本の良さは、あくまで自分の考えですが、「いろいろな読み方ができること」と思っています。
佐野洋子さんが亡くなる少し前の対談集「人生のきほん」の中で、この絵本について触れているんですが、
対談相手の西原理恵子さんという方が「子供にはわからないかも」と言ったことに対して「分からなくていいのよ」と仰ってました。
僕はそれが凄く印象的でした。
この絵本について色々な解釈がされています。僕はどれも興味深いです。

白い猫を深く愛して死んだとら猫は幸せで、生き返っても白い猫にはもう会えない。白い猫を愛した思い出を死という永遠に閉じ込める。という解釈。そして、それに近いもので、白い猫に会えないならもう生き返っても意味がない。初めて訪れた悲しみと後悔は、同時に生きたことへの限りない喜び。という解釈。そして、それと違う解釈で、白い猫に対する愛は、とら猫の一方的な愛であり、それはこの絵本の冒頭で繰り返されたとら猫の経験がそのまま白い猫に当てはまるという解釈。

僕はどの解釈も興味深く面白く、短くも簡潔なこの絵本の深さに感動しました。

人生のある時点で「これが正解だろう」と思うことってあると思います。でも僕は迷いがちで悩みやすい人間なので「あの時は正解だと思ったけど違うかも」と思ってしまいます。そんな人間だから、この絵本の幅の広さや深さが好きなんだと思います。絵本というもの良さは言葉の少なさと、そして一つ一つのページに文字を埋めつくさない表現手段だと思います。絵の美しさや、言葉の配置、そして少ない言葉だからこそ、その一言ずつがきちんと時間をかけて選ばれている。

そんな素敵な絵本です。

ところで現在「ドキュメンタリー映画 百万回生きたねこ」が公開中です。といっても既にほぼ公開が終了していて残るは群馬県高崎での公開のみの様です。映画がある事を先日知ったばかりで、まだ見ていないのですが、近いうちに高崎に行って見てみたいです。
佐野洋子さんの晩年と絵本を巡る人々の想いを描いた映画との事です。面白そうです。

では長々と雑記失礼しました。今日はこの辺で。
[PR]
by mamesyakuhachi | 2013-06-23 08:26 | 佐野洋子 | Comments(0)