二つの短歌を比べてみると



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質問。

次の二つの短歌で好きな方はどちらですか?

【1】 大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってかわいい大きさ

【2】 大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってとても小さい


この質問、本書によれば【1】の方が短歌として優れていると言っています。(ちなみに質問なので確実に正しい答えはありません)

上の二つはほとんど一緒ですけど、わずかに違うところは末尾の「かわいい大きさ」と「とても小さい」の表現の違いです。

この二つの表現は似ていますが、明確に違うのは言葉を受け取ったときの温かさや気持ちの部分です。

なるべく正しく大きさを表現するのであれば後者の「とても小さい」の方が優れています。
でも正しさを追及すればするほど、そぎ落とされいくものが確かにあります。
大仏を見に行った日の楽しかったことや、写真をとったときの嬉しくてキラキラした感じとか。

そういう大切な気持ちを短い言葉で表現するなら「とても小さい」より「かわいい大きさ」とした方が確実にいい、という事が何となくわかると思います。


短歌は言葉が既に持つ意味を踏まえた上で正確に伝えることを目指す、ということに軸足があるのではないようです。
それよりも言葉の可能性を探したり拡張したり、壊したり、おもしろみを見つけたりすることにあるようです。

著者は次の三つの短歌を示した上でこんなことを言ってます。

【1】 目薬は赤い目薬が効くと言い椅子より立ちて目薬をさす

【2】 目薬は赤いビタミン入りが効くと言い椅子より立ちて目薬をさす

【1】 目薬はVロートクールが効くと言い椅子より立ちて目薬をさす




ぼくらはあんなにお互いを見張って、社会的に正しい情報を使おうぜと言い合っているのに、なぜ右の例(遠藤注:ここでは上の例)にいくほど懐かしかったり、思い出されたりするのか。この両義性はいったいなんなんだ





短歌を詠んだり鑑賞することは音楽を聴いたり演奏するのと似てます。
なくても死なないけど、ないとすごく寂しくなるという点で。



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by mamesyakuhachi | 2017-08-28 00:01 | 穂村弘 | Comments(0)