【第2回】オススメ本を教えて下さい『やさしい訴え』小川洋子/著

特別企画「オススメ本を教えて下さい」の第2回目です。


『やさしい訴え』小川洋子/著(文藝春秋)

b0145160_19161487.jpg


「あ、いいこと思いついた。」

「こりゃしめた。」

と、日常生活の中で良い考えが思いつく時がたまにある。
でも、それを言葉にしてみると、意外と陳腐で、がっかりする。

同じように、
「今日は尺八が上手に演奏できたな」

と心の中でニヤニヤしていたのに、録音を聴いてみたら、思っていたほどでもなくて、気落ちする。

まぁでも、また頑張れば良い演奏ができるだろうし、もっと考えれば妙案が見つかるかもしれない。
と、自分を元気づけてみる。
でも、もし、努力とは関係ない次元だったら、と思うと、すこし怖くなる。


小川洋子の『やさしい訴え』を読んだ。
この小説には三人の男女が登場する。

愛を求める女、愛する人を失った女、夢を諦めた男。
三人の男女は、それぞれ消すことのできない痛みを持っている。
そして、その痛みは癒される事がないという事にも、半ば気づいている。

それでも三人はお互いの痛みに、そっと優しさを差し出す。
慎重に他人との距離を計り、ある時は向き合い、ある時は見て見ぬ振りをしながら。

----------------------------
『わずかな救いは、二人がわたしを拒絶しなかったことだ。わたしのための場所を、慎み深くそっとあけてくれた。』(186ページ)
----------------------------

三人はお互いを気遣いながらも、時にはお互いを傷をつけあってしまう。
そして、それが故意であれ偶然であれ、どうしようもない事だと気づいている。

三人の関係は「じゃんけん」に似ていると思う。
ある時は勝っても、ある時には必ず負けてしまう。
どんなに強いグーでも、控えめに差し出されたパーに負けてしまう。
グーはパーにずっと勝てない。

-----------------------------
『残酷にもわたしは一瞬のうちに知らされてしまった。彼らだけの営みに紛れ込んでしまった自分を哀れに思った。そして昼間薫さんに浴びせた言葉がすべて何の意味も持たなかったことに気づき、たじろいだ。』(151ページ)
-----------------------------

希望や努力では、決してたどり着く事ができない事があると知ったとき、人はどうするんだろう。
どうしようもない事を抱えて、ずっとグーしか出せないと知りながら進み続けられるだろうか。


今回読んだ小説『やさしい訴え』は、決して明るい物語ではない。
むしろ暗い作品だと思う。

でも僕は、暗い物語には明るい物語では支えられないものを持っていると知っている。

「頑張れば良い事あるよ」と、気軽に言われたくないと思ってしまう日も、たまにある。
そんな時にこそ『やさしい訴え』を読んで欲しいと思った。


本書を教えて頂き、誠にありがとうございました。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
今週はこれにて以上です。

このブログは毎週月曜日に更新。
次回は6月15日(月)で、『たろちゃん(「僕とポーク」より)』ほしよりこ/著(マガジンハウス)の感想を投稿します。

読んで頂きありがとうございました。


[PR]
Commented by yuko.tanaka at 2015-06-10 08:41 x
ありがとうございました。なぜこの暗い小説をオススメしたのか?少々言い訳を。
チェンバロの音色に惹かれ、よくコンサートへ行っていた頃にたまたま読んだ本。チェンバロ工房へ見学に行った際に、その方のお仲間が登場人物のモデルだと知りました。ラモーの曲「やさしい訴え」の旋律も、小説に合っていて好きになりました。いろいろな思い出が重なった一冊でした。気安く慰めの言葉を言われたくない感情にとても共感しました。
Commented by mamesyakuhachi at 2015-06-10 10:34
素敵なコメントありがとうございます。実際の登場人物のモデルの方にお会いできたなんて、印象深い思い出ですね。きっと『やさしい訴え』に対する思い入れも違ってくると思います。羨ましいです。僕もこの小説を読んでいるときはラモー「やさしい訴え」や、クラシックの静かな曲などを聴きながら読みました。
ご紹介いただいている「神々の山嶺」も今読ませて頂いています。舞台であるエベレストに登らないと良い感想かけないんじゃないか・・・と今から思っています(笑)
by mamesyakuhachi | 2015-06-08 00:01 | 小川洋子 | Comments(2)